下水菅

「なぜ?」

あなたはそう言い残して私の前から去った。

『あなたが拾うものは、なぜいつも私を困らせるのだろう』

たとえばこんな事を言い残したかったのかもしれない。しかしその答えは失われたまま、宙を彷徨う一片の言葉となって、私の周りをふわふわと飛んでいるのだ。なんにせよ、たった一つのことば言葉が、私にはかりしれないダメージを与えたのも事実だし、依然として、私の思考はそれに蝕まれつつあるようだ。


話を戻そう。

私は今も下水菅の中に潜る仕事で忙しい。

想像してみてほしい。暗い下水菅の中にはいろんなものが闇に紛れて流されてくる。昨日は壊れたメガホン。一昨日は長い長いゴムホース。一週間前は縦横に引き千切られたプレミアムチケット。私はその欠片を集めては質屋や処理業者へと運んで、価値に応じて報酬を貰っている。

流されてくるものの中に高価なものはめったに無いから、自然と生活が苦しくなる。昨日も流されてきたオーディオだかビデオだかのテープをめぐって、質屋の主人と一悶着あったところだ。彼は処理業者に持って行ってくれと切り捨てる。私はとにかく鑑定してくれという。そうすると主人は湿ったテープを指さして眉間に皺を作ってこう言うのだ。

「お前さんは何も分かっちゃいない。価値があるか無いかは問題じゃない。問題はそんなものを救おうとするお前さんの態度なんだ」

そんなもの? しかし質屋はそんなものの中から、価値あるものを見極めて流すことを生業としているのだろう。救う? 意味が分からない。私にとっての生活手段が、結果として何者かを救っているという事だろうか。

私は仕方なく処理業者に向かって、テープをそっと手渡す。すると処理業者はだまって秤にテープを乗せる。秤が水平に吊り合うまで待って、あらためてテープが検められる。私はその間、空を見たり地面に絵を描いたりして時間を潰す。しばらくすると処理業者はだまってコインを投げてくる。沈黙は守られたまま、一枚、二枚と投げられるコインの音だけが響く。

私は枚のコインをポケットに滑らせて、ゆっくりと街へ戻るのだ。


君はまだ毎日を健康に過ごせているだろうか。私はそう思いながら、君の体が下水菅を流れてくるのを待っている。