海のそばで

台風の傷跡が、未だに屋根瓦や傾いた看板に残っている。隣近所は、誰が死んだだの、いやまだ生きているとか言う噂話で持ちきりだ。

心にも無いお悔やみの言葉を掛ける人々。母に連れられてきた葬列から一人で離れて、私は海を見ようと堤防に立った。

浜辺では四、五人の大人たちと一匹の犬がいて、嵐の余韻を残す海をそれぞれに遠く眺めている。私は海を見ながら、一昨日の惨事を想像する。

──水平線のかなたに浮かぶ舟。じっと見ていると、それは浜へと近づいて来た。私のそばを男たちが列を成して何も言わずに通り過ぎていく。漁に出るのだろう。舟に乗り込んで沖へ出る彼らの姿を、私は見つめる。穏やかだった空が薄く曇りはじめ、見る見るうちに暗く分厚い雲に覆われた。波のうねりが激しく押し寄せてくる。狭い入り江で波が荒れ狂っている。さっきの舟を目で追っていると、男たちが甲板に出ているのが辛うじて見える。彼らは海に投げ出される。一人、二人。最後の一人は舟と一緒に、海に丸呑みにされて──

強風が砂を巻き上げ、私は目に入った砂粒に涙する。さっきまでの想像が、頭の隅で鈍い痛みを放つ。深呼吸をする。鼻腔から頭に掛けて、ゆるやかな痺れがあって心地好い。

鼻を鳴らしながらすり寄ってきた仔犬にもかまわず、私はぱっと目を見開いて、足の向くままに堤防から砂浜へと駆け降りた。息が上がるのにも構わず、浜辺を駆けて、駆けて、駆ける。足下がおぼつかなくなり、喉がからからに乾いて、眩暈を起こしてうつぶせに倒れてしまう。そのそばを仔犬が全力で駆け抜けていった。

砂浜に突っ伏したまま目を閉じて、荒い呼吸が元に戻るのをじっと待つ。頬の汗を仔犬が舐めても、お構いなしだ。犬のように口を開けては閉めて、全身の熱を外に放つ。ゆるやかな坂を下るように、高ぶった心を落ち着かせる。沈黙の隙間を、波の音がぬうように支える。

仰向けになると、薄曇りの空の中で、傾いた太陽が力無く漂っている。思うように行かないことを嘆くように、薄雲を纏ったり脱いだりしている。

私は起き上がって靴底にたまった砂を浜に戻すと、人の消えた海を振り返って、未だ冷たい海底に沈んだままの舟を想った。