ルーセント・トランス・トレース

 ロー・ポリゴンで雑然としたチェスト・パーツ通りを抜けて旧市街と入ったはずの俺は、そこに住まうパーティッド・ネイションたちに囲まれてしまった。汚れたTシャツとダメージド・デニムと穴の開いたスニーカーの色違いを身に着けたヤツらは、大歓迎といった雰囲気ではもちろんなくて、俺のパンツ・リアポケットに差したままのルーセント・トランス=棒状の水晶体に惹かれて来ましたという体。ナインステック・ヒューマンな俺の腕っぷしを披露するには狭い舞台。有利な戦場を探すため、ネイションたちの合間をすり抜けて奔る。後ろからついてくる怒声と嬌声、狙撃音とエンジン音。酩酊・正義貫通のピラービルから延びた廃道路を抜けて、廃墟から廃墟へ、陰気なピエロたちを俺が導く。ブーク・テンスクエア謹製のビークルが放置されているのを強制レンタル──支払いは拾い物のビットタイルで──乗り込んで、悪しき我が敵たちを次々と轢き倒し痛快。この広場がヤツらのゴールとなった。取引先のルレン氏にジャスト五分でビジネスの約束を取り付けた後、右後方からの狙撃で俺のライフは底をつく。

 俺のルーズ、アカウント消失でまた一からのスタート。付いてない。

 このゲームは視界360°オールアラウンドの仮想・ワールズエンドに包括された、ミッドランナーたちの憩いの場。働き盛りからドロップ・オートシッピング──外国移住者たちの楽園──体のいいクロージン・ホームが実情。連邦政府のイカれたポリティカル・マジシャンズが繰り出す票集めのルールに縛られたヤツらの正当な労働施設。そこに縛られた管理官が俺の素性──現実的人生の帰着点。
 あくび一つで眠気を強制リジェクトしてルレン氏のリアルにテレビジョン・ミーティング。

「留守にしておりますので」
 の暗い画面とシンセボイス・アナウンスに対して、スマートに開錠コード発声。
「俺、ケイ=モラードだよ」
 しばらくしてダミーではなくホンモノのルレン氏=アーナシアル・レンディング様が会話スラムにご搭乗。
「何? アカウント無しルーザーには、用無し」
 連れない応答を無視して俺は続ける。
「アーナンキ・トレースの復号化に成功した」
「証拠は?」
「このポケットに」
 俺は右手にルーセント・トランスを、左手に指で作ったわっかを見せて、レンディング様の顔色をうかがう。
「ビットはおいくら?」
「ホンモノはもっと」
 とリアル=ルレン氏は嗤って、
「見えないもの。いかにもな半透明=水晶体でなし。仮想現実の劣化コピーは不要。その場でプレ・レンダリングしてるがいい」
 俺はフェイクじゃないと訴えるも、
「試しに使ってみれば? 私に」
 と挑発してくる始末。

 オーケー、分かった。これでルレン氏をしとめれば、強盗ではなくただの取引ってことで納めてくれるよな。俺の犯罪ログにまた数行書き加えられるのを予感しつつ、俺はルーセント・トランスのスイッチを入れてスライド、モードをリアルから仮想・ワールズエンドに移して、目前に現れたルレン氏の仮身に向かって一振り。やったかと思ったら背後から、
「間抜け」
 とささやかれ、俺は不快感最大の勢いをつけてルーセント・トランス発射。ルレン氏は沈黙ではなく嘲笑で答えた。アーナンキは見事なルーズさをまとって、ルレン氏の手元で折れたルーセント・トランスの中から顔を出していた。
「ほらね、まだ現物が入ったままで、エンクロージャは解けていない。ジップコードも元のまんま。委員会へのトレーシング、失敗」
 とルレン氏。やりやがったなあのブレイブン野郎。俺をだましやがってと今朝コンタクトした猟師兼鍛冶屋兼化学屋を罵る。アーナンキが抜かれ、委員会を骨抜きとするはずが、ただの玩具と化したルーセント・トランスをリアポケットに差したまんま、クロージン・ホームの一部屋に戻った俺は、ただの老いたバック・アッパーとしてセミ・リタイア。定位置に戻り次のリレーまでおとなしく呆ける。